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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)90号 判決 1995年6月15日

京都市上京区下立売通千本東入下る中務町490番地の101

原告

山森洋明

京都市上京区下立売通千本東入下る中務町490番地の25

原告

有限会社シルク工芸

同代表者代表取締役

蜷川隆

同原告ら訴訟代理人弁理士

小林良平

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

津野孝

田中靖紘

吉野日出夫

市川信郷

小原英一

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(1)  特許庁が平成3年審判第16688号事件について平成5年6月3日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和63年8月9日名称を「ペーパー」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(昭和63年実用新案登録願第105321号)をしたところ、平成3年7月23日拒絶査定を受けたので、同年8月21日審判の請求をし、平成3年審判第16688号事件として審理されたが、平成5年6月3日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月28日原告らに送達された。

2  本願考案の要旨

絹の短繊維1を一方向に密に並列せしめたペーパー(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  昭和10年特許第111513号明細書(以下「引用例1」という。)には、生糸またはセリシンを有する絹糸類を細断した原料を用い、該原料の毛羽、セリシン等を溶解処理して得た絹の短繊維を利用した生糸紙、すなわちペーパーが開示されており、これは高尚な光沢と平滑面を有し、強靱にして壁紙、唐紙、手芸材料等に採用される旨記載されている。(別紙図面2参照)

また、昭和60年実用新案登録願第14386号の願書添付の明細書のマイクロフィルム(昭和61年実用新案出願公開第133599号公報、同年8月20日公開、以下「引用例2」という。)には、紙を構成する短繊維の配列形態として特定の方向に配向せしめた配列形態、すなわち一方向に並列せしめた配列形態が記載されている。(別紙図面3参照)

<2>  本願考案と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は、絹の短繊維からなるペーパーである点で一致し、次の点で相違している。すなわち、

イ. ペーパーを構成する短繊維の配列形態を本願考案が一方向に並列せしめているのに対し、引用例1には、それについて記載するところがない。

ロ. ペーパーを構成する短繊維の密度を本願考案が密としているのに対し、引用例1には、それについて明記されていない。

<3>  そこで、これらの相違点について検討する。

イ. ペーパーを構成する短繊維を一方向に並列せしめることは、引用例2に記載されているように、ペーパーを構成する短繊維の配列形態として本出願前普通に知られている以上、引用例1記載のペーパーを構成する絹の短繊維における配列形態として、引用例2に記載のごとき一方向に並列せしめた配列形態を適用することは、格別の創意を要することではない。

ロ. ペーパーを構成する短繊維の密度をどの程度密にするかは、ペーパーの用途等によって具体的に決められるものであって、当業者が適宜なし得るものである。

<4>  そして、本願考案は、上記構成をとることにより格別の効果を奏しているものとも認められない。

<5>  したがって、本願考案は、引用例1記載の発明及び同2記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定に該当し、実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、引用例1及び2の記載内容、本願考案と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定は認めるが、審決は、以下の点で相違点に対する判断を誤り、また本願考案の顕著な作用効果を看過し、もって本願考案の進歩性を誤って否定したもので、違法であるかち、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点イ.に対する判断の誤り)

審決は、「引用例1記載のペーパーを構成する絹の短繊維における配列形態として、引用例2に記載のごとき一方向に並列せしめた配列形態を適用することに格別の創意を要することではない。」とするが、この判断は、以下の点で誤りである。

<1> 本願考案と引用例2記載の考案とでは、その属する技術分野が異なる。

すなわち、本願考案は、その名称を「紙」とせず「ペーパー」としたように、その対象は、正確には「紙」ではなく「不織布」に相当するものである。それに対し、引用例2記載の考案は、「紙」に関するものである。

「紙」とは、セルロース繊維を含み、繊維同士がセルロース繊維の水素結合により相互に固着され、定形を保つものである。「不織布」は、短繊維をからませ、バインダー等で固着したものである。

本願考案は、セルロース繊維ではなく、本願明細書1頁18行ないし20行記載のとおりバインダーを使用して繊維を固着したものであるから、「不織布」の範疇に入るものである。一方、引用例2は、名称よりして「紙」についての考案である。そして、引用例2に記載されている「炭素繊維、アルミナ繊維、ガラス繊維、木綿繊維」等の短繊維は、それ自身では接着性を持たないのであるから、これらの繊維を相互に接着して定形状態を保つためには何らかの固着方法が必要であるところ、引用例2にはバインダーを用いるというような記載はない。そうすると、引用例2記載の考案は、ベースとして上記定義の当てはまる「紙」素材があって、セルロース繊維による形状保持がなされているものの中に、これらの短繊維を混入させたものと考えられる。

以上のとおり引用例2記載の考案は、本願考案に係る不織布とは別の紙の分野に関する技術である。

<2> 引用例2には、使用する短繊維として「炭素繊維、アルミナ繊維、ガラス繊維、木綿繊維」等が具体的に例示されているが、「絹繊維」は挙げられていない。これは、引用例2記載の考案の目的が「一方向材(繊維強化プラスチック)の90°補強に好ましい材料を開発すること」にあるため、補強に有効な高強度繊維のみを念頭においているためである。

一方、本願考案に係る「ペーパー」は、「装飾用、手工芸用、乃至織物用」を目的とし、「柔軟平滑で防皺性を有すると共に折損のおそれがなく外観優美である。」という作用効果を奏するものである。

このように、本願考案は、その目的、作用効果においても、引用例2記載の考案とは全く異なるものであり、考案が適用(実施)される産業分野も全く異なるものである。

<3> 以上のように、本願考案と引用例2記載の考案とは属する技術分野も、適用される産業分野も異なるものであり、引用例2記載の考案を適用することが「格別の創意工夫を要することではない。」とした審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2(顕著な作用効果の看過)

審決は、「本願考案は、上記構成をとることにより格別の効果を奏しているものとも認められない。」とするが、この判断は、以下の点で誤りである。

<1> 本願考案に係る「ペーパー」は、柔軟である、平滑である、防皺性を有する、折損のおそれがない、外観が優美である、という特徴を有し、さらに、その後明らかになった特性として、防湿性、防黴性、耐薬品性を有することが挙げられる。

本願考案に係るペーパーでは絹の短繊維の配列方向に直交する方向において優れた柔軟性、防皺性、耐折損性を有するのに対し、引用例1記載の発明である生糸紙は、短繊維の配列に方向性を持たないため、それほどの柔軟性、防皺性、耐折損性を有しない。もちろん、本願考案に係るペーパーは、短繊維の配列方向では柔軟性に劣る点があるが、使用に際して方向性を正しく考慮して用いることにより、これら柔軟性、防皺性、耐折損性等の効果を最大限に発揮した使用を行うことができる。

また、本願考案では、「抄紙方法により抄紙し」、バインダーとして尿素樹脂、ポリビニールアルコール等の合成樹脂を用いているため、長期間変質することなく使用できるという格別の作用効果を有する。

これに対し、引用例1記載の発明による生糸紙は、生麸粉、自然生芋、黄蜀葵、ビナンカズラ、梧桐、テングサ、フノリ等の天然有機材料を用いているため、防湿性、防黴性、耐薬品性等に問題があり、長期間の使用に耐えることは困難と考えられる。

<2> これらの卓越した特性が公に評価された結果、本願考案に係る「ペーパー」の実施品である「絹紙」は、平成5年4月21日「技術的にみても、また新商品としての市場性を見ても大変有望であると考える。素材提案としてシンプルであるが訴求力も強く、今後の使用用途によって、かなりの需要が見込まれる。」との理由で、西陣織大賞(主催:京都府、京都市、西陣織工業組合)の新商品特別賞、グランプリ賞を受賞している。

考案の進歩性を判断するにあたっては、商業的成功も考慮すべきである。

<3> 以上のように、本願考案が「格別の効果を奏しているものとも認められない。」とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告ら主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(相違点イ.に対する判断の誤り)について

<1> 本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載された「ペーパー」なる用語は、技術的に一義的に明確であって、「紙」と理解することができる。

さらに、本願明細書の考案の詳細な説明では、「ペーパー」について何らの定義もされておらず、「ペーパー」が「不織布」に相当する等の定義はない。そうすると、本願考案でいう「ペーパー」は、やはり通常使用されている「紙」と同じ意味であると理解せざるを得ない。

したがって、本願考案の「ペーパー」が「紙」ではなく、「不織布」に相当する、あるいは、「不織布」の範疇に入るものであり、本願考案と引用例2記載の考案とは対象を異にするという原告らの主張は、本願明細書における実用新案登録請求の範囲の記載に基づかないばかりでなく、考案の詳細な説明の記載にも基づかないものであって、失当である。

原告らは、本願考案の「ペーパー」が、セルロース繊維でないこと、バインダーを用いること等から、「紙」ではないとも主張しているが、この主張も誤りである。

従来から、紙はパルプ、切れ、絹、生糸などの天然素材や炭素繊維、ガラス繊維、アルミナ繊維、マイカなどの無機素材で作られており、絹糸等の絹を素材とした紙は、引用例1記載の発明ばかりでなく、たとえば、絹布の廃物となった古裂を崩解して繊維となし、これを長く連続すべく抄製してなる絹紙(乙第2号証)、生糸屑または絹糸屑と製紙糊を用いて抄紙した紙糸原料(乙第3号証)にみるように、古くから知られていたものであり、セルロース繊維ではないから、紙ではないとする主張は誤りである。

また、紙を製造するに際して、結合剤、接着剤等のバインダーを用いることは、本出願日前に当業者の一般的な技術常識になっており(乙第4号証)、バインダーを用いていることを根拠に本願考案の対象となる「ペーパー」が「不織布」に特定されるとする原告の主張は誤りである。

以上述べたように、本願考案の対象となる「ペーパー」は、「紙」を包含しており、また、引用例2記載の考案の対象となるものが、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの「紙」であるから、本願考案と引用例2記載の考案とでは、その属する技術分野は同じである。

したがって、本願考案と引用例2記載の考案とではその直接属する技術分野が異なるとした原告らの主張は失当であって、この点に審決を取り消すべき事由は何ら存しない。

<2> 原告らは、本願考案と引用例2記載の考案とでは、その目的、作用効果が異なり、適用される産業分野も異なると主張するが、この主張も誤りである。

本願考案の対象となる「ペーパー」が上記のとおり「紙」を包含していること、及び、「紙」が装飾用、手工芸用、織物用などとして用いられていることは、当業者に普通に知られていること(甲第3号証、乙第3号証)であって、本願考案に係る「ペーパー」が装飾用、手工芸用、織物用を目的としたことには、何ら格別の創意工夫はなく、また、その適用される産業分野も何ら新規とはいえない。

したがって、本願考案と引用例2記載の考案とではその目的、作用効果、適用される産業分野において全く異なるとした原告らの主張は失当であって、この点に審決を取り消すべき事由は存しない。

(2)  取消事由2(顕著な作用作用効果の看過)について

<1> 引用例1記載の発明の生糸紙、すなわち、ペーパーは、その素材として絹の短繊維を用いており、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載されたものと同じ素材であるから、素材によって生ずる作用効果は両者とも同じである。

また、引用例2記載の考案には、紙を構成する短繊維の配列形態として特定の方向に配向せしめた配列形態、すなわち、同じ一方向に並列せしめた配列形態が記載されており、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載されたものと同じ配列形態であるから、短繊維の配列形態によって生ずる作用効果は両者とも同じである。

そうしてみると、本願考案の構成によって生ずるところの作用効果、すなわち、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載されたものの生ずる作用効果は、引用例1記載の発明の技術的思想に引用例2記載の考案の配列形態に関する技術的思想を適用することによって当然に奏する程度のものである。

また、原告らは、引用例1記載の生糸紙と比較して本願考案に係る「ペーパー」が柔軟性、防皺性、耐折損性に優れている旨の主張をしている。

しかし、審決は、本願考案の作用効果について引用例1記載の生糸紙のみと比較して判断しているものではないから、この点に関する原告らの主張は失当である。

さらに、原告らは、本願考案は「抄紙方法により抄紙し」、バインダーとして尿素樹脂、ポリビニールアルコール等の合成樹脂を用いているため、長期間、変質することなく使用することができるという格別の作用効果を主張しているが、「抄紙方法により抄紙し、バインダーとして尿素樹脂、ポリビニールアルコール等の合成樹脂を用いている」ことは、本願考案の実用新案登録請求の範囲に何ら記載されておらず、本願考案の要旨外であり、そのような主張は失当である。

<2> 原告らは、本願考案の「ペーパー」の実施品である「絹紙」と称するものが受賞したこと示すことによって、本願考案の作用効果を主張しようとしているが、このようなことは、本件訴訟と直接関係がなく、その主張は失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、引用例1及び2の記載内容、本願考案と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定も、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告ら主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願考案について

成立に争いのない甲第2号証(実用新案登録願書及び同添付の明細書、図面)によれば、本願明細書には、本願考案の目的、構成及び作用作用効果として、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願考案は、装飾用、手工芸用、織物用原料ペーパーに係るものである。(1頁8、9行)

(2)  従来公知の紙は、天然素材、無機素材等により作られているのが普通である。(1頁11、12行)

(3)  これに対し、本願考案は、装飾用、手工芸用、織物用に供し得るペーパーを構成しようとするものであり、絹の短繊維(3mm~5mm)1を抄紙方法により抄紙して(バインダーは尿素樹脂、ポリビニールアルコール等を可とする。)同繊維を一方向に密に並列せしめたものである。(1頁18行ないし2頁1行)

(4)  本願考案は、上記の構成よりなるから、柔軟平滑で防皺性を有するとともに、折損のおそれがなく外観優美であり、したがって、ハンドバッグ、袋物、帯、壁張地等の用途に供すれば、甚だ好適な作用効果がある。(2頁3行ないし9行)

2  取消事由1(相違点イ.に対する判断の誤り)について

(1)  成立に争いのない甲第4号証(昭和61年実用新案出願公開第133599号公報、昭和60年実用新案登録願第14386号の願書添付の明細書のマイクロフイルムの写し)によれば、引用例2記載の考案は、名称を「紙」とする考案に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲は、「1 特定の方向にほぼ配向した短繊維を50%以上含むことを特徴とする紙。2 短繊維が長手方向に対してほぼ直交配向したことを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項記載の紙。3 樹脂を含浸して紙プリプレグとしたことを特徴とする実用新案登録請求の範囲第1項又は第2項記載の紙。」(1頁5行ないし12行)と記載されている。

上記認定事実によれば、引用例2には、特定の方向にほぼ配向した短繊維を50%以上含む紙が示されている。

(2)<1>  まず、原告は、本願考案と引用例2記載の考案とでは、その属する技術分野が異なると主張するので、これについて検討する。

原告は、本願考案は、「紙」ではなく「不織布」に相当するものであり、「紙」とは、セルロース繊維を含み、繊維同士がセルロース繊維の水素結合により相互に固着され、定形を保つものであり、「不織布」は、短繊維をからませ、バインダー等で固着したものである旨主張する。

しかし、本願考案の要旨とする実用新案登録請求の範囲には、「絹の短繊維1を一方向に密に並列せしめたペーパー」と記載され、ここにいう「ペーパー」が技術的に通常用いられている「紙」を意味することは、当業者にとって一義的に明確であり、このことは、前掲甲第2号証によれば、考案の詳細な説明にも本願考案の要旨とする「ペーパー」について格別の定義がなされていないことからも裏付けられる。

したがって、本願考案は「不織布」であって、「紙」ではないから、引用例2記載の考案とは技術分野を異にするとの原告の主張は、その前提において誤りであり、採用できない。

<2>  もっとも、前掲甲第2号証によれば、本願明細書の考案の詳細な説明には、「問題を解決するための手段」として、「本考案は、絹の短繊維(3mm~5mm)1を抄紙方法により抄紙して(バインダーは尿素樹脂、ポリビニルアルコール等を可とする)同繊維を一方向に密に並列せしめたものである。」(1頁18行ないし2頁1行)と記載されていることが認められ、本件考案の要旨に照らし、本願考案はこの構成のものに限定されるものでないが、原告は、この記載を根拠に引用例2記載の考案との相違を主張するものと理解されるから、念のためこのようなペーパーも技術的に通常用いられている「紙」に含まれるかについて検討する。

そこで、「紙」とは何かを考えるに、成立に争いのない甲第5号証(化学大辞典、株式会社東京化学同人、1989年10月20日発行)によれば、「紙」の項には、「植物から得られるセルロース性繊維を水中に分散し湿式抄紙して得られるシート状材料。繊維は絡み合い、水素結合を形成して互いに膠着する。」(461頁左欄44行ないし46行)と記載され、セルロース繊維を水素結合により相互に固着したものが示されているが、続いて、「また広義には合成紙のように、紙と類似の繊維絡合状の構造と物性をもつシート材料すべてを指す。」(同欄48、49行)と記載され、紙と類似の繊維絡合状の構造をもつものが示されている。

次いで、成立に争いのない甲第6号証(産業別審査基準、特許庁編)によれば、紙の定義として、「紙とは、主として製紙原料繊維(例えばパルプ、化学繊維など)を水またはその他の液体中に均一に分散させた紙料を適当な脱液処理により各繊維を互いに接合または結合させ脱液乾燥して一定の厚さ強度を有する物理的、物理化学的または化学的に結合させたものをいう。」(産[3]-6-1、2)と記載され、原料としてセルロース繊維のみでなく、化学繊維も明示されている。

また、成立に争いのない乙第2号証(明治42年特許第14273号明細書)には、「絹布ノ廢物トナリタル古裂ヲ崩解シテ繊維トナシ」(1頁1、2行)たものを原料とした「絹紙」の構造が示され、さらに、前記1(2)認定のとおり、本願明細書中にも、「従来公知の紙は天然素材、無機素材等により作られているのが普通である。」(1頁11、12行)との記載があって、紙の原料としてセルロース繊維ではない無機繊維が示されているし、引用例1にも、生糸または絹糸をバインダーで絡み合わせたものが紙として示されていることは当事者間に争いがない。

以上のとおり、通常用いられる紙には、セルロース繊維を含まないものも、また、バインダーを含むものもあることが認められる。

そして、本願明細書の考案の詳細な説明に記載されたペーパーも繊維を絡み合わせたシート状のものであるから、前記甲第5号証のいう広義の「紙」の範疇に入るということができる。

そうすると、本願考案のペーパーも引用例2記載の考案の紙も、いずれも広義の紙の範疇に入るものであり、両者は技術分野が同一であるというしべく、一方の技術を他方の技術に応用することが困難であるということはできない。

<3>  原告らは、引用例2記載の考案は高強度の繊維のみを念頭においたものであり、本願考案のような装飾用等を目的としたものではなく、本願考案と引用例2記載の考案は、その目的、作用効果の点でも異なり、適用される産業分野も異なると主張する。

しかし、前記1(3)(4)認定のとおり、本願考案においても、装飾用、手工芸用、織物用に供し得るペーパーを得るにあたり、柔軟平滑で防皺性を有するとともに、折損のおそれがないという強度に関する事項を目的、作用効果としていることが認められ、両者の目的、作用効果は共通のものがあり、当業者であれば、むしろ高強度であることを念頭においた引用例2記載の考案を本願考案においても、積極的に応用しようとすると判断される。

したがって、引用例2記載の考案とは適用される産業分野が異なるとする原告らの主張は採用することができない。

<4>  以上のように、本願考案と引用例2記載の考案とは属する技術分野も、適用される産業分野も異なるものであり、本願考案に引用例2記載の考案を適用することが「格別の創意工夫を要することではない。」とした審決の判断には誤りがあるとの原告らの主張は採用することができない。

3  取消事由2(顕著な作用効果の看過)について

(1)<1>  本願考案の作用効果は、前記1(4)認定のとおり、柔軟平滑で防皺性を有するとともに、折損のおそれがなく外観優美であり、したがって、ハンドバッグ、袋物、帯、壁張地等の用途に供すれば、甚だ好適な作用効果があ るというものである。

他方、前掲甲第3号証によれば、引用例1記載の発明においては、その作用効果として、「斯クシテ製造セル絹紙ハ高尚ナル光澤ト平滑面ヲ有シ強靱ニシテ壁紙、唐紙、手藝材料、畫絹代用品等ニ採用セラルヘク又「フエルト」材料ニモ用ヒラル」(3頁6、7行)と記載されている。

また、前掲甲第4号証によれば、引用例2記載の考案は、従来の紙の欠点である「紙は…繊維の配向が等方的であるため、補強作用効果に十分な作用効果が期待出来ない。」(2頁2行ないし5行)という点を解決するため、短繊維を特定の方向に配向せしめるものである。

本願考案のペーパーは、これまで検討したとおり、引用例1記載の発明の素材に引用例2記載の考案の構造を組み合せたものといえるので、引用例1記載の発明の素材のもたらす作用効果と、引用例2記載の考案の構造のもたらす作用効果を併せて有することが当然に予測される。そして、引用例1記載の生糸紙が良い光沢と平滑面を有するということは、本願考案のペーパーが外観優美で平滑であることに該当し、引用例2記載の紙の強度は本願考案でいうペーパーの折損のおそれがないことに該当するということができ、壁紙、唐紙、手芸材料、書絹代用品等に採用されるという引用例1記載の発明の用途からして、本願考案のハンドバッグ、袋物、帯、壁張地等の用途は自明のものである。

また、本願考案でいう柔軟で防皺性を有するという作用効果は、成立に争いのない乙第6号証(染色加工講座7、繊維製品の仕上加工、共立出版株式会社、昭和36年3月15日発行)にも、「絹には他の繊維にみられない独特の性質すなわちその細さ、優雅さ、美しさ、触感、軽さ、しなやかさ、吸湿性、弾性などを保持している。」(111頁、7行ないし9行)と記載されているように、絹繊維自体が本来的に有している特性であり、絹繊維をシート状にしたペーパーでもその特性を発現するはずのものである。

したがって、本願考案の奏する上記作用効果は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案の作用効果から当然に予測し得たものであって、原告らの作用効果に関する主張は採用することができない。

なお、原告らは、本願考案について、さらにその後明らかになった特性として、防湿性、防黴性、耐薬品性を有することを挙げるところ、成立に争いのない甲第8号証(ハイブリッドシルク帯芯「お絹さん」と題するカタログ、原告有限会社シルク工芸発行)には、「当社が開発した「絹紙(シルク不織布)」は、’93年度西陣織大会で、新素材部門のグランプリを獲得。この素材を帯芯として開発したのが、「お絹さん」です。」(2頁裏)とし、「お絹さん」の特徴として耐湿性、防黴性、耐薬品性その他の性質があることが記載されているけれども、同号証からして、「お絹さん」と称ずるハイブリッドシルク帯芯は、本願考案のペーパーそのものか否かは明らかではなく、これに何らかの加工を施していることが窺われるうえ、この防湿性、防黴性、耐薬品性といった作用効果は本願明細書に記載されておらず、これらの効果を挙げて、審決が本願考案の顕著な作用効果を看過していると主張することはできない。

<2>  原告らは、考案の進歩性を判断するにあたっては、商業的成功も考慮するべきであると主張するところ、前掲甲第8号証、成立に争いのない甲第9号証の1(賞状、西陣織工業組合)、2(証明書)によれば、原告有限会社シルク工芸が製造した絹紙が、京都府、京都市、西陣織工業組合主催の1993年度西陣織大会において新商品部門グランプリ賞を受賞したことが認められるが、この事実があるからといって、上記進歩性がないとの判断を左右するものではない。

<3>  以上のように、本願考案が「格別の効果を奏しているものとも認められない。」とした審決の判断に誤りはない。

4  以上のとおり、原告らの審決の取消事由の主張は、いずれも理由がなく、審決に原告ら主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹由稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

<省略>

別紙図面 2

<省略>

別紙図面 3

<省略>

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